特 効 


−ごめん。熱あるみたいだ。−

短いメールが届いた。

今日は久々のオフの日。別に約束はしていないのに、日向からそんなメールが届いた。

−薬飲んで寝てろよ。−

こちらからも短い返信メールを送る。そのメールにバカヤロウという気持ちをこめながら。

 

会う約束はしていないけど、お互いのオフが合う日は、大抵若島津の部屋で一緒に過ごしている。ゲームをしたり、メシを作らせたり、掃除をさせたり・・・

そして抱きしめたり、キスしたり。

なんてったって、2人は実は恋人同士なんだから。

今日はWiiをしようと思ってたのにさ。

大きなテレビの横にはまだ箱に入ったままのゲーム機がある。入手困難と言われているこのゲームを手に入れたのは、半分は日向のため。日向とするために購入したのに肝心の日向がいなければ意味がない。

ため息をついて外を見る。

寒いと思っていたら雪が降り出していた。

 

実は日向は身体が弱い。年に1度は必ず高熱を出す。熱を出していても部活はするし、学校は行くし、他の人間からは『ちょっと機嫌悪い』程度にしか見えないから、知っている奴はほんの数人しかいない。

風邪を引きやすい体質は変えるのは難しいのか、どんなに身体を鍛えても、日向の年に1度の高熱は変わらなかった。

 

また熱があるのに、いつも通りに筋トレしてるかもしんねえな。

そう思うと心配になってしかたがない。

−俺にとってはお前の笑顔が1番の特効薬なんだけどな−

そんなメールが届いた。

普段なら「いっぺん死ね」と言いたくなるようなキザな台詞だけれど、今日はなんだか胸に染み込んで離れない。

雪が降って寒いから、温かい日向に会いたいのかもしれない。

そう自分に言い訳をして、若島津は車のキーを手に部屋を出て行った。

 

 

カチャ

インターホンが鳴った覚えもないのにリビングのドアが開かれる。

インターホンに気づかないなんて、もしかして熱のせいで、耳までおかしくなった?それより、玄関鍵閉めてなかったっけ?

ソファーに埋まるようにうとうととしていた日向はぐるりと首をまわしてドアのほうへ視線を投げた。

「わかしまづ?!」

そこにはコンビニの袋を手にさげた愛しい若島津がいた。

面倒くさがりの彼は滅多に日向の部屋には来ない。駐車場が屋外にある、とか、エレベーターから部屋までが距離がある、とかなんとか理由をつけて。

確かにこの部屋を借りるときにスペアキーを渡したけど、それが使われることは今までなかった。日向自身、自分の部屋よりも恋人の匂いのする若島津の部屋を訪れるのが好きだから、自然といつも一緒に過ごすのは若島津の部屋だった。

「ちゃんと薬飲んだのか?熱は何度あるんだよ?」

驚いている日向の額に手を当てて若島津は素っ気なく聞いた。

「近くの薬局で薬買って飲んだ。熱は・・・たいしたことねえよ。」

若島津はコンビニの袋から体温計を取り出し、おもむろに日向の脇にはさみこんだ。

ピピッ・ピピッ・ピピッ

待つこと1分。軽い電子音が鳴ると素早く取り出し、表示された数字を見る。

「38.6℃」

またもやコンビニの袋から今度はロックアイスを取り出す。袋に入ったロックアイスにタオルを巻きつけ「氷枕だ。寝ろ。」と言い放つ。

わ・・・若島津さん?それじゃあゴツゴツしていて寝づらいんですけど?そんな男らしい(?)氷枕は初めて見ました(汗)いやあ、そんな大雑把なところにも惚れたんだけど、今はちょっと遠慮したい。

ガサゴソとまたコンビニの袋に手を入れている。

「食え。」

と差し出されたのは肉まんだった。「外は雪だからな。冬といえば肉まんだろ?」

病人の日向としては「冬といえばおでん」の方に発想してもらいたかったけれど、若島津の気持ちだ。有り難く受け取らせていただいた。

「それから・・・」

まだ何かあるのか、と日向は身構えた。一体そのコンビニの袋にどれだけのものが入っているんだ。四次元ポケットか?

「薬だ。」

そう言って若島津はにっこりと笑った。そしてすぐに抱きついてきた。

「俺の笑顔が一番の特効薬なんだろ?早く良くなれよ。ボケ日向。」

 

 

「汗かけば、すぐ良くなるって。」

お前の笑顔が一番の特効薬なんだから。そう日向は続けて言った。

「待てよ。えっちしたって、俺は笑顔なんかならねえだろ?!」

「お前のイイ顔が一番♪」

「待てって・・・言って・・んの、にっ・・・」

 

「ひゅ・・・が、キス・・・キスして」

「んっ。俺だってしたくて堪んねえけど、お前に移したくないから」

触れるだけのキス

「今日はこれでガマンな」

「んんん・・・」

こんなキスじゃ満足できない。そんな身体にしたのは日向なのに。

あそこは日向を受け入れ、足を絡ませ、指を組み、胸も擦りあっているのに、唇が足りない。何もかもを絡ませたい。

舌を絡ませられないフラストレーションがそのまま下半身に伝わり、日向をくわえ込んで放そうとしない。

「すんげえ、気持ち良すぎ・・・」



 

「日向、汗かいてる・・・すぐに拭かなきゃ・・・」

「いいって。今はこうやってくっついていてほしい。」

「うん・・・」

日向のいつもより熱い腕の中が気持ち良くて、そのまま2人眠りにおちてしまった。

 

 

「・・・熱、上がってんじゃん。」

背中に怒りのオーラを背負った若島津が体温計片手に静かに呟いた。

「何が、汗かいたら治る、だよ。お前の笑顔が特効薬だよ。余計悪化してんじゃねえか。」

「ははははははははは」

「がっくり」

ひきつった日向の笑顔に若島津は肩を落とす。確かに俺も楽しんだよ。だけどさ、日向のためを想ってしたことなのに、却って悪い結果になるなんて、俺はただの疫病神なんだろうか?

「若島津の笑顔は本当に俺の一番の特効薬だよ。確かに熱は上がってるけど、身体はすごく楽だし、なんてったって、気持ちがすごく満たされてるからな。」

熱が下がらなかったのは、右の口角が2mmいつもよりも下がっていたからかも。

そう言って日向は長い指で若島津の唇をつついた。

「好きだ」

「うん、俺も好き」

うっとりと瞳を潤ませる若島津の頬にキスをする。

「また俺の特効薬を頼むな。今度笑ってくれたら、きっと治るよ。」

そしたら、たくさんキスをしよう。







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